新型肺炎で外出できないので、ポテチを描いてみました

 新型肺炎のために家にいなくてはならないので、プレバトに影響を受けて、娘と絵を描いてみました。4時間くらいかかりました。才能あり?凡人?才能なし?

f:id:superfluidity:20200329010406j:plainこれは本物

f:id:superfluidity:20200329010032j:plainこれは自分

f:id:superfluidity:20200329005851j:plainこっちが娘

 

新型肺炎を心配しながら、茨城県笠間へ行ってきましたが・・・

 笠間市の病院に入院している親類のお見舞いに行ってきました。病院にはアポなしで行ったのですが、今は新型コロナのために普通は面会ができないそうです。しかし、親せきということで少しの時間だけ面会させてもらいました。

 帰りに、そばを食べることにしました。通常なら土日は並ばないと入れない、「10割発芽そば」という珍しいそば屋にいきました。そうしたら、お客さんが少なく、静かで、しっとりとした、とてもいい雰囲気で食事ができました。これも新型肺炎の影響で、みなさん不要不急の外出を避けているからのようです。

 そして、石窯焼きの天然酵母パンのお店があったので、寄ってみたら、ここは結構たくさんのお客さんがいました。予定外だったのですが、ふわふわでとてもおいしく、びっくりしました。

 今日は用事があって出かけたので許してもらいたいのですが、安倍総理の記者会見では、日本もたいへんなことになってきました。感染者数も指数関数的に増えてきました。これはある程度予想通りで、仕方ないと思っていますが、問題は死亡者の数をどれくらいに抑えられるかです。感染者が増えても、死亡者を少なく抑えることができればOKです。何としても医療崩壊だけはおこさないようにしなければなりません。

 学校の開始も少し怪しくなってきました。今の状態で開始すると、必ず日本のどこかで学校内のクラスターが生じること必至です。そのとき今度はどうするのか・・・。本当なら、全体の感染者の増加が安定してきてから、医療現場の安定と特効薬の出現を待った方がよいと思います。しかし、それまで子供たちががまんできるのか?新入生の不安はどうなるのか?大学生の単位はどうするのか?

 日本の教育全体を1年間遅らせても(社会に出るのが1年遅れたとしても)よいくらいの思い切った対策も必要かもしれません・・・。えらいこっちゃ!

危機が迫っているからこそできること

 今日は、休暇をもらって、相模原市へ行ってきました。橋本駅に行ったのですが、東京で新型肺炎が大変なことになっているので、余計なものには触らないようにして、マイクロ飛沫を吸い込まないように十分注意したつもりです。軽症な人がほとんどだといっても、重症化するとたいへんです。人工呼吸器というのは想像以上にたいへんなものなので・・・。今のような状況になると、対岸の火事ではすまなくなってきました。本当に4月から普通に学校が始まるのかも心配です。

 もしかしたら平和な日本でも生命の危険を身近に感じるという数十年ぶりの人類の危機なのかもしれません。東日本大震災や昨年の全国的な洪水で被害にあわれた人がたくさんいましたが、自分の周辺では変わらぬ日常が続いていたので、このまま日常がずーと続くのではないかという幻想にとらわれていました。

 最近歴史に興味を持つようになりました。特に中世から近世ヨーロッパの歴史を見渡してみると、戦争、災害、感染症など激動の1000年間という感じで、「昔は大変だったなあ」と感じます。しかし、考えてみると自分はまだ数十年しか生きていません。1000年後の人から見れば、戦後70年の平和は、歴史で見るとほんの一瞬で、「2000年ごろはいろいろあって大変だったなあ」と思っているかも知れないのです。歴史はやっぱり繰り返されるのでしょう。

 だとすると、自分がこの時代に生きる意味は何なのでしょうか。

 平和ボケした日本で、今回のような生命の危機が迫っている状況になったからこそ、これまで考えたことがないようなことまで考えるようになりました。とりあえず、あまり小さいことにとらわれずに、自分のできることを、自分が一番役立つ方法でやるようにするしかないか・・・。

 

行動とモチベーション

 春休みに入って、先生たちも仕事が一段落して休暇をとり始めました。新型コロナによる休校で、春休みにやるはずの仕事が平日に行えたために、少し余裕ができたのです。新型コロナ対策の大変なこともありましたが、部活動もないので、平日は定時の退勤が可能となりました。今年は、教員の「働き方改革」について大論争を繰り広げてきましたが、予想もしないことで、時間内に仕事が収まってしまいました。

 ところが、早く家に帰れるので、夜の時間がなんと長いことか。休日も部活がないので家にいることになり時間を持て余しました。もし、これが普通の働き方だとしたら、何か趣味を持たないとやってっられないなと思いました。

 そしてとても大きな問題が生じました。仕事へのモチベーションが下がっているのです。いったい何のために一生懸命に働いていたのだろうと。誰のために働いているのだろうと。教員の世界は、どんなに成果を残しても、それが目立たなければ、その結果ははっきりと見えないので、評価は学校設置者の好き嫌いで決まります。その成果というのは、「子供達の成長」なのですが、そんなものは目に見えませんので・・・。学校から子供たちが消えてしまうと、その成果を自分の肌で感じることができなくなり、モチベーションが余計に下がるのでしょう。

 4月から子供たちがもどってきます。はやく子供たちの顔が見たい・・・。

新型コロナと登校日の子どもたち

 今日は修了式でした。久しぶりに登校した子供たちに生活の様子を聞いてみたところ、朝ごはんを食べてからゲーム、昼ごはんを食べてゲーム、夕ごはんを食べてゲームだそうです。それでも結構明るい感じでした。また、調子のいい男子の中には、「勉強してます。」という生徒もいますが、どこまで本当か…。ただし、ほぼみんなが運動不足だそうです。

  今日は少し冷えて寒かったけれど、約1時間の学級活動を窓全開でやっていました。帰りは昇降口の外で、密集して大声で会話しながら、久しぶりの再会を楽しんでいたり、転校する人にプレゼントを渡していたりと、飛沫感染接触感染をしそうな濃厚接触をしていましたが、密室でもなく適度に風も吹いていたので、マイクロ飛沫も風で飛ばされていたようです。

 そして、また2週間の巣ごもりに帰っていきました。

新型肺炎と春休み

 明日は、休校になって以来、3回目の登校日になります。明日、通信表を渡して、めでたく春休みになるというわけです。春休みになるにあたって、子供たちにどのようなことを伝えたらよいのか難しいところです。「不要不急な外出をやめよう」、「消毒や手洗いをしっかりやろう」、「しっかり食べて寝て、規則正しく生活を送って健康な体を保とう」「出かけるときはマスクをしてお互いに感染しないように気を付けよう」ということをひととおり説明して、さて次に何を言おうか?勉強については宿題はすでに出してあるのでいいとして・・・。

 いろいろな注意をするけれど、どうしてそのようなことをしなければならないかを理解できるように話してあげることがとても重要だと思います。

 まずは

1 ウイルスとは何か。

2 ウイルスが体に入ると何が起こるのか

3 飛沫感染の正しい仕組みは マイクロ飛沫って何?

4 アルコール消毒のメリットとデメリットは、手が荒れてしまって逆効果はないの?

5 マスクの隙間はどれくらいの大きさか。コロナウイルスの大きさは?

6 クラスターがおきたらどうなる?

 このようなことがわかることで、今自分がしなければならなことが何なのかがわかると思うのです。むやみやたらに手を消毒していたり、マスクをしてすぐ近くで大声で会話していたりしている姿をみると、とても残念でなりません。どうせ感染するのだからと開き直っている人は、感染が拡大した時の状況を想像していないように思います。

 ぜひテレビやネットを見て、情報をたくさん仕入れて、自分でよく考えて行動できるようにしてもらいたいと思います。

 さて、明日の登校日にどんな話をしようか・・・

本当に楽しい授業を目指そう

 杜の都からこんにちは、今日から自分の考えをまとめるという目的でブログをはじめました。テーマは、「本当に必要な授業の在り方について考える」という大まじめな話です。もし共感できる人がいれば幸いです。

 例えば、国は国際競争力を高めるためには教育が重要だということで、学力を上げるためにいろいろな対策を行ってきました。その1つに全国学力状況調査があります。全国一斉に同じテストをやって、自分自身の分析を行うためのデータを集めるというものです。昨年からは、英語のリスニングまで実施されました。しかし、実際は「個々の子供たちの分析をして指導に役立てる」ことは難しく、ほとんどやりっぱなしという状態です。(時間に余裕がないので)あろうことか、平均点をあげるために過去問をやらせて平均点を上げる対策を行うようにもなっています。(点数が上がって悪い気はしないが)

 以上のことは1つの例ですが、いろいろな教育がこの例のような調子で行われてしまいます。(学力調査が悪いというのではありません。活用の仕方を考えようということです)しかし、それで本当に学力が高まっていくのでしょうか。そこで、子供の将来を長い目で見たときどういう視点で学習指導を行っていけばよいのかを考えていきたいと思います。

 まず、次のようなことについて考えていきます。教員の実態についてです。

1 小中学校の先生になりたい人とは

 小中学校の先生になりたいと考えている人の特徴は

 ・生徒会に所属している

 ・勉強が結構よくできる

 ・部活動を一生懸命やっている。

 ・ひとなつこい(とくに先生とはなかよし)

 ・きまりをよく守る

 逆に先生になろうとしていない人は

 ・生徒会に関心がない

 ・勉強とてもよくできる(トップ層)または、勉強は苦手

 ・部活動は普通にやっている

 ・先生に話しかけることはあまりない

 ・学校の方針に対して批判的

 先生になりたい人は、先生にとってはとてもいい子です。それは価値観が似ているので当たり前のことです。そういう人たちが先生になって学校を運営していくのですから、同じ価値観の生徒たちにとっては学校という職場はたいへん居心地がよく見えるものです。

 例:部活動の指導で、とても厳しく生徒に接すことがあり、それが原因で部活動をやめてしまう生徒もいます。しかし、指導者は、厳しくてもそれを乗り越える経験が大切だという価値観があるので仕方ないと考えます。自分がその厳しさを乗り越えてきた人だからです。乗り越えられた人が先生になり、そうでない人は先生になりません。

 今の時代は、価値観が多様化していて、自分と異なる価値観だらけです。今はゲームは悪と考える大人が多くいますが、そのうち多くの先生がゲーム世代になっていけば、指導の在り方も変わるのだろうと思います。だから、自分とは違う価値観をもつ人をかなり尊重することが必要になってくると思うのです。実際、子供たちの大半は学校の先生になりたいとは思っていないのですから。

 先生になる人は、誠実で気が利く人が多いと思いますが、自分の価値観を押し付けすぎる傾向があります。是非、すべての子供たちに対して、それぞれの立場を尊重して、同じくらい気にかけてあげられるようにしていきたいものです。

 今日の作品 ねこ1

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